サン・ペドロ・ラ・ラグーナにて

随想

グアテマラのアティトラン湖の街、サン・ペドロ・ラ・ラグーナに滞在して三日目の朝、僕は宿を変えた。

中心地から少し離れるが静かでリーズナブルな宿だ。

その夕方、一匹の母犬と二匹の子犬が僕の前を通り過ぎた。

その二匹の子供は黒と茶色が一匹ずつ、まだ小さく母親の後を追うのがやっとだった。

僕の前を通り過ぎると細い、錆びたトタンでできた民家の路地に消えていった。

翌日対岸の街、パナハッチェルへ観光に行き、夕方サンペドロに帰ってきた。

船を降り料金を支払う。

片道25ケツァールで、僕は100ケツァール札で支払った。

僕はお釣りを受け取りそのまま紙幣をポケットに入れ、桟橋を渡りホステルに向かった。

帰り道の途中、ポケットの紙幣を財布に入れるため取り出すと75ケツァ―ルあるはずの紙幣が50ケツァールに減っていた。

僕はふとお釣りを受け取った時の相手の一瞬の間を思い出した。

それは僕がお釣りを受け取る際、渡された紙幣を確認せずそのままポケットに入れそのまま礼を言って立ち去ろうとしたとき運転手に一瞬、間が生じた。

僕はその違和感をそのままにし、立ち去った。

それに気付いたとき一瞬腹が立ったが、確認しなかった僕が悪いのだと言い聞かせた。

それでもまだ悔しさを引きずりながら歩いていると昨日犬の親子を見かけた場所を通りかかった、子犬が道の端っこに横たわっていた。

昨日の茶色の方だ。

明らかに寝ているのと違う、前足と後足がピンと伸び硬くなった個体だった。

周りの人々を見ても特に気にする様子も無く誰もその子犬に気付いていないみたいだ。

僕は立ち止まりじっと見ていると、昨日の母犬がやってきてその硬くなった子犬をぺろぺろ舐めていた。

何度も何度も顔や胴を愛撫した。

しかし、その子犬に反応はなかった。

その時僕はやっと、あの昨日見た子犬の一匹が死んだのだと理解した。

あたりを見回してももう一匹の黒い子犬はいなかった。

昨日、あんなにも元気に母親の後を追って走っていたのに。

僕は心が沈んだ。

さっき失ったお金とこの子犬の死が重なって余計に心が沈んだ。

なんで嫌なことって立て続けに起こるんだろう。

そう思ったが、お金を失ったことと子犬の死は全く関係ないことだった

それにお金の件は僕のミスではないか。

世界は自分中心に周っているのではないのだと思い直した。

しばらく宿で休憩し、空が薄暗くなり始めるころ市場に買い物に出かけた。

その通り道またあの場所を通ると、子犬が消えていた。

どこを見回してもどこにも茶色の子犬はいなかった。

するとさっきの母犬が発達した乳を揺らしながら、歩きづらそうにすたすたとやってきて

子犬が倒れていた場所まで行きくんくん匂いを嗅いだ。

何を確かめているのだろうか。

子犬がいないのは見ればわかるはずだ。

それから辺りをくるくる周り子犬を探しているように見えた。

悲しいのだろうか?

そんな感情が動物にあるのだろうか?

やがて母犬は来た方と逆の方に乳を揺らしながら歩いて行った。

見ていると、少し歩いて立ち止まりおしっこをした。

出し終えるとまた思い乳を揺らし数歩進み、また立ち止まり今度は左後ろ足で首のあたりを数回掻いて去って行った。

それから一週間ほど経ったある日、湖沿いのカフェでコーヒーを飲んでいると、一匹の犬が僕の方に寄ってきて何か欲しそうに僕の顔を見つめる。

路上で買ったココナッツパンも一緒に食べていたからそれを狙っているのだ。

グアテマラにはたくさんの野良犬があちこちにいて、一匹の犬に餌を与えると後から次々に野良犬がたかってくる。

以前それで僕は痛い目を見ている。

だから餌を与えるわけにはいかなかった。

シッシッと手で追い払うと犬は去って行った。

そのすぐあと発達した乳を揺らしながらまた一匹の野良犬が僕の方にやってきた。

僕はその野良犬の全身を見渡した。

間違いなくあの母犬だった。

僕はちぎったパンを一口食べた。

母犬は僕の前に座り待った。

僕は構わず食べた。

母犬は僕のことなど知らない。

知っているのは僕だけだ。

僕は食べ続けた。

母犬は待ち続けた。

残り少なくなって僕はついに一切れを道路に投げた。

母犬はすぐさまそれを拾い食べた。

まだ僕にたかってくる、最後の一切れも道路に投げた。

それを拾い食べた。

ぼくは両手の平を見せ、もう無いよというジェスチャーをして見せた。

少ししてもう無いのだと気づくと母犬は来た方向に去って行った。そして角を折れ見えなくなった。

しっぽくらい振れよ。僕はそう思った。

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